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2021.1.5 / レシピ, 店長ブログ, 特集

12月30日、朝。家族になった

福永 あずさ(フリー編集者)

 

 

 

「ばあちゃんの時からもうずっと、これだけは欠かせん行事とたいね」

 たぷたぷとした熱々の餅を小気味いいリズムで丸めながら。
褪せた紫色の割烹着に、おそらく息子のお下がりであろうニット帽をかぶった義母が言ったとき、わたしは、この家の家族になったんだなと思った。

 

1230日は家族で集まって餅つきをするんだ。だからあずさにもいつか来てほしい」


付き合っているときから、この年末の餅つきは、夫の家の恒例行事であると聞いていた。

 

義母は暗いうちから餅米を蒸し、熱湯を入れて臼と杵を温め、餅つきの準備をひとりで行う。実際に食べて米の蒸しあがりを確認し、食べごろになっていれば、ほかほかの熱いうちに臼に戻す。体重をかけて、杵で丁寧に潰していく。全体を丁寧に潰すことができたら、やっと「つく」作業の始まりだ。
年末特有の、世界のすべてをすっきりと洗い流したようなツン、とした空気にペン、ペン、ペンと餅をつく音がひたすらにこだまする。臼は木ではなく石臼で、大人たちがやっとこさ運び出すほどの重さと、その迫力に驚いたものだ。

 

合いの手は、外から中へ。「つく時は力を入れすぎんごつして、振り上げた杵の重さを利用してふり落とせばよか」といいながら、でっかい小龍包の皮のようになった餅を折り込むようにし、義母がお手本を見せてくれた。義父が叩く。義母が合いの手を入れる。ほどなくして夫に変わる。
待ちわびていたわたしに、義母がポジションを変わってくれた。

 

「すごい! いまわたし餅つきしてる!」

 

夫家族にとっては毎年の行事。これをしないと年が越せない当たり前のイベントだったが、冬の空にのぼっていくふつふつとした湯気も、蒸された餅米のにおいも、いくつかの家族が集まりにぎにぎしくしている様子も、すべてを新鮮にうけとめるわたしの存在が、夫家族にとってはまた新鮮にうつっているようだった。

 実は義母と義父は約20歳の年の差があり(当時はとてもめずらしかったと思う)、結婚した当初、義父はすでに80歳を超えていた。
杵をもてるのだろうかという嫁の心配をよそに、義父は細い腕で、大きな杵を振り上げ、落とす。
そしてまた振り上げて、落とす。
ふだんは物静かでおだやかなのに、大きな声で義母に合いの手のリズムを指示したり、息子(夫)よりてきぱきと動いたり。餅つき奉行さもありなん、といった感じで、石臼を前にすると人が変わったようになることも、それを支える義母の姿も、なんだか幸せな光景としてずっと心にのこっている。

 

ついたあとの餅は、アチチアチチといいながら、粉まみれになってみんなで丸める。
同時に炊きたての餡をくるんだあんこ餅もつくる。
そんな作業のお供になってくれるのが、義母のつくってくれるのっぺ汁だった。
おかあさんの味、というのはなぜこんなにも愛があふれているんだろう。
台所に立ったまま餅と汁を交互に食べながら、ぼんやりとその年のことを考えたり、考えなかったり。結婚してからしばらくは、この年の瀬の餅つきは恒例行事となっていた。

 

数年前から義父の体調が芳しくなく、入退院を繰り返すようになった。
もちろん、餅つきもできない。
餅つきは想像以上に重労働だ。そして、ふたりがそろわないとできない。
同じように義母も年をとり、準備の手間・片付けの手間などを考えると、なかなか復活できないのだという。
つきたての餅のおいしさはもちろん格別の味だが、わたしがこんなに心を動かされたのは、夫の家族が何年もこの行事を大切に守ってきたのは、家族の大切なやくそくだったからだと思う。
今年も無事に1年がおわる。
またあたらしい年がはじまる。ありがとう、またよろしくね、そんな気持ち。

 

実母を亡くした直後だった。夫が育った家の台所に立ち、つきたての餅をみんなで頬ばった時、生きているのが嬉しいと思った。あの時、家族になれたのだと思った。

 いま我が家のキッチンを横目でみると、買ったばかりの餅の箱が置かれている。
大きな石臼と杵は、義実家の倉庫に眠っている。
夫とふたりで復活させるか? いやいやうーん。まだ無理かなあ。
義母と義父が積み重ねた餅つきの儀は、まだ引き継げないでいる。

 

Photo:内村友造

 

 

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